甲冑
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甲冑の変遷

■甲冑年表

時代 西暦 元号 記事 甲冑 説明
古代       短甲 弥生時代のものと思われる短甲形木製品が浜松市博物館にあります。

鉄製の短甲が多く発見されていますが革製のものもあったと思われます。
飛鳥
時代
587   蘇我氏が物部氏を滅ぼす。 挂甲 挂甲は大陸への進出と共にその影響を多分に受けた騎馬専用の甲冑です。

東京都国立博物館蔵の短甲は草摺に挂甲札を用いています。
593   聖徳太子が推古天皇の摂政となる。
603   冠位十二階が定まる。
604   十七条の憲法を定める。
607   小野妹子を遣隋使として隋におくる。
630   はじめて遣唐使を唐におくる。
645 大化1 中大兄皇子が蘇我氏を滅ぼし大化の改新がはじまる。
663 天智2 日本軍が唐と新羅の連合軍に敗れる。
672 天武1 大海人皇子が壬申の乱に勝利する。
701 大宝1 大宝律令がまとめられる。
708 和同1 和同開珎が作られる。
奈良
時代
710 和同3 平城京に都を移す。
712 和同5 『古事記』が作られる。
720 養老6 『日本書紀』が作られる。 この頃の文献に綿甲冑という語がみられますがその形状や形式については不明です。
752 天平4 東大寺の大仏開眼会が行なわれる。
754 天平6 唐の僧鑑真が来日する。
平安
時代
794 延暦13 桓武天皇が平安京に都を移す。 甲冑を鉄で作ることが次第に廃れ、革で作ることが主流になるのはこのころといわれています。
801 延暦20 坂上田村麻呂が蝦夷を討つ。
866 貞観8 藤原良房が摂政になる。 秋田城跡からこのころの甲板が出土しています。2003/12/03更新
887 仁和3 藤原基経に関白になる。
894 寛平6 菅原道真の意見により遣唐使を廃止する。
935 承平5 平将門の乱が起こる。 挂甲が大鎧へと変化していったのはこのころといわれています。2003/12/03更新
939 天慶2 藤原純友の乱が起こる。
1050 永承6 前九年の役が起こる。 大鎧
胴丸
騎馬武者が大鎧、徒歩武者が胴丸を用いるようになるのはこのころといわれています。2003/12/03更新
1083 永保3 後三年の役が起こる。 猿投神社には八幡太郎義家奉納と伝えられる大鎧があります。
1086 応徳3 白河上皇が院政をはじめる。
1156 保元1 保元の乱が起こる。 源家に伝わる八領の名甲を二分したことが『保元物語』に書かれています。
1159 平治1 平治の乱が起こる。 『平治物語絵詞』には華麗に威毛の大鎧や胴丸がたくさん描かれています。
1167 仁安2 平清盛が太政大臣になる。 武士が政権の表に立ち甲冑にも華麗さ増します。
1180 治承4 源頼朝が伊豆で挙兵する。
1185 文治1 壇ノ浦合戦に敗れ平氏が滅びる。 厳島神社には平重盛奉納と伝えられる大鎧があります。
1189 文治5 源頼朝が弟義経を追討し奥州藤原氏を滅ばす。 御岳神社には畠山重忠奉納と伝えられる大鎧があります。
鎌倉
時代
1192 建久3 源頼朝が征夷大将軍となり鎌倉に幕府が開かれる。 武士が確固たる政権を持ち甲冑の形式も一応に完成します。
1205 元久2 北条義時が執権となる。
1221 承久3 承久の乱が起こる。 乱の鎮圧により執権としての北条氏の権威が大いに安定します。
1224 元仁1 北条泰時が執権となる。
1232 貞永1 北条泰時が御成敗式目を定める。
1274 文永11 元の大軍が押し寄せ文永の役が起こる。 蒙古軍の前に苦戦を強いられ、甲冑に大きな変化をもたらした事件です。
1284 弘安4 再び元の大軍が押し寄せ弘安の役が起こる。 『蒙古襲来絵詞』には克明にそのときの攻防戦の様子が描かれています。
1331 元弘1 後醍醐天皇が倒幕のための挙兵をする。 腹巻
腹当
腹当と腹巻は軽武装に用いるために開発された形式です。
1333 元弘3 鎌倉幕府が滅びる。 討物が盛んに行なわれるようになったのはこのころといわれています。
1334 建武1 建武の新政が行なわれる。 上級武士が胴丸に兜や袖を付けて用いるようになるのはこのころといわれています。2003/12/03更新
室町
時代
1336 延元1 足利尊氏が京都の室町に幕府を開き、後醍醐天皇は吉野に移る。 春日大社には楠正成奉納と伝えられる胴丸があります。
1338 延元3 北朝が足利尊氏を征夷大将軍にする。2003/12/03更新 篠村八幡宮には足利尊氏奉納と伝えられる大鎧がありました。
1368 正平23 足利義満が征夷大将軍になる。 春日大社の絢爛豪華な大鎧の奉納者は足利義満と推定されます。
1378 天授4 足利義満が京都室町に花の御所を造る。
1392 元中3 南北朝の対立が終わる。 大鎧の用途がなくなり胴丸化するのはこのころといわれています。
1404 応永11 足利義満が明との貿易をはじめる。
1467 応仁1 応仁の乱が起こる。 胴丸、腹巻に華やかさが増すのはこのころといわれています。
1543 天文12 種子島に鉄砲が伝来する。 これまでの戦闘形式を大きく塗り替える事件です。
1549 天文18 ザビエルがキリスト教を伝える。 華麗な腹巻が流行を極めたのはこのころといわれています。
1560 永禄3 桶狭間合戦で織田信長が今川義元を破る。
1571 元亀2 織田信長が比叡山延暦寺を焼き討ちする。 胴丸に変化がみられるようになるのはこのころといわれています。2003/12/03更新
安土
桃山
時代
1573 天正1 織田信長が室町幕府を滅ぼす。
1575 天正3 長篠合戦で織田、徳川連合軍が武田勝頼を破る。 多くの鉄砲が用いられ、時代を俊寛させた事件です。
1582 天正10 本能寺の変で織田信長が討たれる。 腹巻に用途がなくなり生産が激減したのはこのころといわれています。
1585 天正13 豊臣秀吉が関白になる。 前田育徳会に前田利家の胴丸があります。
1590 天正18 豊臣秀吉が小田原北条氏を攻め滅ぼし天下を統一する。2003/12/03更新 当世具足 仙台市博物館にこのときに秀吉が用いたといわれる当世具足があります。
1592 文禄1 豊臣秀吉が大軍を擁して朝鮮を攻める(文禄の役)。 大軍の遠征に対して甲冑の量産がなされるようになったといわれています。
1597 慶長2 豊臣秀吉が再び大軍を擁して朝鮮を攻める(慶長の役)。 柳川市のお花にはこのときに用いた桃形兜があります。
1600 慶長5 関ヶ原合戦で徳川家康が石田三成を破る。 久能山東照宮にはこのとき家康が用いたといわれる当世具足があります。
江戸
時代
1603 慶長8 徳川家康が征夷大将軍になり江戸に幕府を開く。
1516 元和1 徳川家康が大坂城を攻め豊臣家を滅ぼす。 当世具足が万能視されたのはこのころといわれています。
1633 寛永10 鎖国令を発布する。
1637 寛永14 島原・天草一揆(島原の乱)が起こる。2003/12/03更新 鎮圧する幕府軍はさまざまな形態の当世具足を用いたといわれています。
1716 享保1 義宗が将軍となり享保の改革がはじまる。 大鎧
胴丸
腹巻
腹当
義宗の奨励で復古思想が高まります。
1732 享保17 享保の飢饉 久能山東照宮には義宗が用いたといわれる大鎧があります。
1782 天明2 天明の飢饉 復古思想(江戸復古調)の機運が高まり再び中世甲冑が作られるようになります。2003/12/03更新
1783 天明3 寛政の改革がはじまる。
1833 天保4 天保の飢饉 江戸復古調の最盛期を迎え、富裕の大名が挙って中世甲冑を作らせました。
1841 天保12 天保の改革がはじまる。
1853 嘉永6 ペリーが浦賀に来航する。 戦乱の機運が高まり多くの幕末甲冑が作られようになります。
1863 文久3 薩英戦争が起こる。2003/12/03更新
1866 慶応2 薩長同盟が成立する。
1867 慶応3 大政奉還し江戸幕府が滅びる。
明治
時代
1868 慶応4 戊辰戦争の後に五箇条のご誓文とともに江戸が東京に改名される。   火器、重火器の導入により甲冑の兵器としての役割はこれ以降なくなりました。
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Last modified: 2007-01-02
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