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甲冑の変遷

■兜の時代変遷

1.上古の冑 2.中世の兜 3.近世の兜
衝角付冑
眉庇付冑
蒙古形眉庇付冑
綿襖冑
衝角の縮小
星兜
筋兜
帽子兜
当世兜

2.中世の兜

(1)星兜(ほしかぶと)

1)大円山(だいえんざん)

武士の発生頃に梯形の鉄板を矧ぎ合わせた大円山(ほぼ半球形を示す兜鉢)と呼ばれる形式の鉢が作られるようになります。

星兜
2)星(ほし)

鉢の矧ぎ合わせには鉄鋲を用います。鉢を天空に見立てて輝く鋲頭を星と呼びます。星があり威厳をもたせたものを星兜(写真2)と呼びます。2003/12/03更新

3)兜の装着方法

この時期は、騎射戦(馬上で弓矢を射る戦闘)が盛んに行われていました。兜は天辺の穴から烏帽子と共に髻を出して被ることで、装着時の安定を計ったことが『平治物語絵詞』等の古画から想像されます。シコロは肩まで覆う杉形ジコロと呼ばれる大きなもので、射向に傾けて弓矢による攻撃を防いだものと考えられています。2003/12/03更新

4)星の縮小化

源平の争乱を経て鎌倉中期頃までこうした形式の兜が流行しました。年代が下るに従って兜に軽量化が求められ、星が次第に小さくなる傾向が認められます。

(2)筋兜(すじかぶと)

元寇の役以降、鎌倉幕府の衰退に伴い悪党と呼ばれる一団が横行するようになります。彼らはゲリラ戦や籠城といった機敏な戦闘を行い、これに応じて兜も一層の軽量化が求められるようになりました。騎射戦にかわる戦法として討物(太刀・薙刀を用いる戦闘)が盛んに行われるようになります。

筋兜
1)筋兜の発生

筋兜(写真3)の発生には二つの理由が考えられます。一つは兜の軽量化、もう一つは討物への対処からすべり易くするためと考えられています。

2)総覆輪(そうふくりん)

鎌倉期には鉢の裾回りに桧垣(ひがき)と呼ぶ装飾を施しました。これを八幡座まで覆輪を延ばし懸けたのが総覆輪と呼ばれる装飾です。2003/12/03更新

3)鍬形の普及

鍬形に対する権威が崩壊し、多くの兜に付くようになるのはこの時期です。祭礼用に作られた長大な大鍬形や尾長大鍬形もみられるようになります。2003/12/03更新

4)笠ジコロ

シコロは討物が盛んに行われるようになり、大きく形状を変えました。腕の運動を考慮して笠状に大きく開いた笠ジコロが流行します。

(3)筋兜の流行

鎌倉幕府の滅亡後に成立した建武の中興政治はたちまち崩壊しました。再び武家政治が成立し、これが京都室町に幕府を開き南北朝の争乱へと突入します。

1)鉢とシコロの変化

室町時代は一貫して筋兜が全盛を極めました。その初期の形状は大円山形でした。年代が下るに従って討物による衝撃を和らげる目的から、次第に鉢に膨らみが生じてきます。その反対にシコロは一層の腕の運動への考慮と視野の確保を目的に縮小する傾向が認められます。

阿古陀形2)阿古陀形(あこだなり)

そこで生まれたのが阿古陀形(写真4)と呼ばれる形式の筋兜です。鉢の前後左右が大きく膨らみ、当時に渡来した阿古陀瓜(一説にカボチャ?)に似ているところからその名が付いたといわれています。

(4)帽子兜(ぼうしかぶと)

『平家物語』・『源平盛衰記』に帽子兜という語が散見されます。また『平治物語絵巻』・『春日権現霊験記』にこれを思われる兜が認められます。残存する遺物がなく形状・装着方・材質などの詳細は不明です。

(5)星兜の再盛

応仁の乱以後になると世は群雄割拠の時代を迎えます。太刀・薙刀にかわって槍の多用化が進み、鉄砲が伝来します。これらの攻撃兵器に対して関東以北では再び星兜が盛んに作られるようになりました。

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Last modified: 2007-01-02
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