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営業内容・販売品目

■No.1201 赤糸威大鎧 あかいとおどしおおよろい

所有 御岳神社所蔵 赤糸威大鎧前面
指定 国宝
形式 平安時代
伝承 畠山重忠所用
甲冑師 加藤鞆美
監修 三浦一郎
種別 模写
サイズ 1/2
兜鉢 片白星兜鉢 金銀指分金物
兜鉢の鍍金 純金・純銀鍍金
小札 下減付上質和紙小札
シコロ 五段下がり杉形ジコロ
威毛 正絹赤糸威
絵韋 鹿なめし襷文韋
鍬形・立物 無し
鍬形・立物の鍍金 *1 純金・純銀鍍金 雲竜文象嵌鉄鍬形(\50,000-)
*2 純金・純銀鍍金 獅噛文象嵌鉄鍬形(\50,000-)
※(*1)(*2)どちらかを選択して追加できます。
付属品 「甲冑」監修作品について
監修者・作者銘印入鑑定書
黒塗唐櫃
飾木
手袋
販売価格 \1,575,000-
着手金 \661,500 -
備考 兜鉢の径11.5センチ・大袖の袖幅16.5センチ
  赤糸威大鎧背面

■作品の解説

 武蔵国御岳(嶽)神社は、櫛真智命・大己貴命・少彦名命をご祭神とし、東京都青梅市に鎮座する社です。この社は著名な二領の大鎧を所蔵しています。今回ご紹介する「赤糸威大鎧」は、その内の一領で、古くから畠山重忠の所用と伝えられるものです。平安時代を代表する優品として明治三十二年に国宝に指定、さらに昭和二十七年には新国宝に指定されました。本作品は、二分の一の縮尺で再現したものです。

※大鎧(おおよろい)

大鎧とは、中世甲冑の形式の一種であり、元来は騎射戦(馬上で弓矢を扱う戦い)に対応するために考えだされたといわれている。兜・大袖を具し、胸に栴檀板と鳩尾板を縛り付けて用いる。草摺は前後左右の四間で、この内、右側の一間が分割し、脇楯と呼ぶ小具足とするのが特徴。

※赤糸威(あかいとおどし)

  威毛の「赤糸威」とは、茜や蘇芳等から取れる染料で赤く染めた糸で全体を威したもので、『源平盛衰記』『承久記』『太平記』等の古文献に散見される。

※畠山重忠(はたけやましげただ 1164〜1205)

  源頼朝の有力御家人の一人。坂東の雄と賞賛された典型的な鎌倉武士。武蔵国で最強の武士団を擁した秩父一族の嫡流を継いだ畠山庄司重能の二男として生まれた。治承四年(1180)8月の頼朝挙兵に対して、いったんは平氏方についたが、同年10月の再挙の折には、秩父の一軍を従えて参向した。以降、その重臣として平氏打倒に活躍した。

黒塗唐櫃

■国宝「赤糸威大鎧」の現状

一 兜

  兜鉢は十二枚張の星兜鉢で、後正中に一条の伏板を据える特殊なものである。一行に六点、腰巻の一点を加えて計七点の厳星がみられる。前正中に三条の鍍金を施す篠垂がみられ、中央六点、左右五点の鍍銀を施す星がみられる。八幡座は葵座・裏菊座・小刻座・玉縁と共に鍍金が施され、葵座に打つ星には鍍銀が施されている。眉庇の上部に鍍金を施す小さな菊丸の真向金物がみられ、後勝鐶には鍍金を施す切子頭の鐶台がみられる。眉庇は下部にのみ覆輪を廻らし、兜鉢の構造と共に大きな特徴である。

  シコロは、五段下がり四枚吹返の杉形ジコロである。しかし、現品は大破しているため、同社で別にシコロのかたちに固定して保管されている。小札は所々紛失しているため、正確な枚数までは分からない。現在、兜にみられるシコロは、明治期の修理の際に新たに作られたものである。当時の研究の結果から、シコロが前後に大きく作られている。このため兜鉢が奥まった感があり、形状も不自然にみえる。吹返は襷文韋で包まれ、大型の菊丸の据文がみられるが、絵韋も明治期の修理の際のものである。現品には唐獅子の盤絵文を配した襷文の古い絵韋がみられる。威糸には俗に御岳打と呼ぶ特殊な赤糸がみられ、耳糸・畦目には鷹羽打、菱縫には赤革の革菱がみられる。

二 胴

  胴は、前立挙二段・後立挙三段・長側四段とする仕立である。威毛は縄目威とするが、弦走下のみは赤韋で縦取に威している。弦走・肩上・壷板には、古い絵韋もみられ、金具廻に廻らす覆輪にはすべて鍍金が施されている。胸板・脇板・押付・栴檀板の化粧板は菖蒲韋で包まれ、それぞれ鍍金を施す菊丸の八双鋲が二点ずつみられる。逆板の畦目には鷹羽打、菱縫には赤革の革菱がみられる。総角鐶は菊の座金に切子頭の鐶台がみられる。栴檀板の冠板と鳩尾板には、共に大型の菊丸の据文がみられる。栴檀板は三段で、それぞれ八枚の小札が使われている。現状では左脇に大型の脇板がみられるが、これも明治期の修理の際に付けられたものである。

  草摺は、前後左右を共に五段とする仕立。シコロと同じく耳糸・畦目には鷹羽打、菱縫には赤革の革菱がみられる。

三 大袖

  大袖は、六段下がりで、胴と同寸の小札を使用した。冠板は櫛形をなし、菖蒲韋で包まれた化粧板には、前・中・後に鍍金を施す菊丸の八双鋲が二点ずつみられる。冠板裏の袖付鐶はすべて縦に取られ、三段目の内側に切子頭の鐶台による水呑鐶がみられる。矢摺韋を含む袖裏の包韋は、すべて明治期の修理の際のものである。威の多くは明治期に替えられたが、一部に古い赤糸もみられる。シコロ・胴と同じく耳糸・畦目には鷹羽打、菱縫には赤革の革菱がみられる。

●お詫びと訂正

  前回、国宝「赤糸威大鎧」の現状についての説明中、「後立挙小札の枚数」「逆板の畦目」「草摺の耳糸」「裾板の畦目」に誤りがありました。ご覧の皆様に誤解を招いたことをお詫びいたします

赤糸威大鎧正面

■素材と仕上げ

一 小札

  本来、小札は鉄・革(牛皮)で作るが、概観上に大差がみられないという理由から、和紙で作った小札を使うことにした。よって毛喰の溜への威毛の挟み込みを省略し、下緘のみを行なうことにした。シコロ札は縮小による概観上の理由から札丈・札幅を変更している。小札板は漆で塗り固めるが、コスト面と概観上に大差がみられないという理由から胡粉下地にカシュー漆で仕上げることにした。

二 兜鉢・金具廻

  本来、兜鉢・金具廻の製作には鉄板を使うが、縮小による加工上の理由から真鍮板を使うことにした。塗装には漆を使うが、コスト面と概観上に大差がみられないという理由からカシュー漆で仕上げることにした。

三 金物

  本来、金物の製作には銅板を使うが、縮尺による加工上の理由から真鍮板を使うことにした。鍍金・鍍銀は消焼で行うが、コスト面と概観上に大差がみられないという理由から電気メッキを行うことにした。できる限り個々に手作りを心がけたが、数の多い部品は金型を使って作ることにした。

四 革所

  革所は、現品あるいは『集古十種』等の文献を参考に、唐獅子の盤絵文を配した襷文韋を復元した。鹿の白鞣を使い、絵柄は型紙で染め付けた。本来は天然染料で赤と紺に染めるが、概観上に大差がみられないという理由から化学染料で染めることにした。地韋にはすべて同文の絵韋を使い、小縁には現状どおり赤韋を使った。現品には紺・白・紫の色糸を使った伏組がみられるが、コスト面と製作上の理由から紺・浅葱・白の色糸を組み交ぜた蛇腹伏にした。化粧板に使う菖蒲韋は、概観上の理由から現品と異なる柄にした。革所と小札・金具廻等との繋ぎはすべて韋で綴じ付けた。

五 威毛・緒所

  現品の威毛には、御岳打と呼ぶ三種の特殊な紐が使われ、茜の根から取れる染料で赤く染められている。コスト面と概観上に大差がみられないという理由から、化学染料で赤く染めた常打(二十五手三間飛)の紐を使うことにした。耳糸・畦目には鷹羽打の紐が使われているが、概観上に大差がみられないという理由から紺・浅葱・白の色糸を組み交ぜた重打の紐を使うことにした。菱縫には現状どおり赤革を使った。緒所には角八打の紐を使い、威毛と同じ理由から化学染料で赤く染めた。本来は高紐・茱萸の緒に赤韋の絎紐を使うが、コスト面と製作上の理由から赤の丸打の紐を使うことにした。

※『集古十種』(しゅうこじゅしゅ)

  寛政十二年(1800)に松平定信が編纂した古物を模写し収録した図録。

■監修のポイント

 模写製作の対象となる国宝「赤糸威大鎧」は、明治期に行なわれた修理のため現状にみられるとおりです。その原型を知る手掛かりとしては『集古十種』等の文献があります。これらをもとにして考察を加え製作しなければなりません。そこで、現在みられる平安期から鎌倉期にかけての国宝・重要文化財指定の遺物を参考に模写製作に臨みました。

一 兜

  十二枚張りで後一条筋伏の星兜鉢は現状どおり忠実に模し、八幡座や篠垂等の金物も正確に金銀に差し分けた。忍の緒は現状で考えられるとおり左右一穴の響穴から取った。切子頭の鐶台の後勝鐶には『伴大納言絵詞』にみられるように総角を結び付けた。

  シコロの現品は大破しているため、正確な小札の枚数は分からない。元来の形状を取り戻すため、最大限の考察を加えて五段下がり四枚吹返の杉形ジコロを復元した。

二 胴

  後立挙の一段目・二段目(逆板)・三段目の小札の枚数を変更し、見た目の形姿を整えた。前立挙・長側・草摺は現状どおりの枚数で製作した。本来は胸板を小さく作るところであるが、概観上の理由から一回り大きく作ることにした。よって高紐も外取式ではなく、内取式にした。脇板は前述のとおり明治期の修理の際に付けられたものである。同期の広島県厳島神社蔵(国宝)「小桜威大鎧」・同蔵(国宝)「紺糸威大鎧」等にも脇板はみられず、その形状にも違和感がある。よって今回の模写製作においては付けないことにした。コストや概観上の理由から、弦走下も赤糸で縄目に威した。

三 大袖

 冠板裏の袖付鐶は、現状どおりすべて縦に取り、切子頭の鐶台の水呑鐶も三段目の内側から取った。袖裏にも同文の絵韋を使い、矢摺韋のみに赤韋の小縁と蛇腹伏を廻らした。また一段おきに遊糸を設けることで、袖裏の威毛が交互に出るようにした。

※『伴大納言絵詞』(ばんだいなごんえことば)

  平安前期の貞観八年(866年)に起こった応天門の変を題材にして描かれた平安末期の絵巻物。12世紀末ごろの武装形式をよく伝えている。

■甲冑(KATCU.COM)から

 国宝「赤糸威大鎧」の模写監修・製作過程をご紹介して参りましたが、「甲冑」では限られたコストをできるかぎり有効に生かし作品に仕上げています。

 特に現状どおりの小札の枚数(一部に変更有り)で製作し、下緘まで行なっている点は、本物をお求めになる皆様のお気持ちにかなったものと信じています。

 また兜の金物を金銀で差し分けることで、威毛の赤糸とあいまって美しく仕上げています。さらに疑わしいと思われる部分について最大限の考察を加えることにより、製作当時の形姿に再現することができたと考えています。

■模写監修・製作についてのお礼

 初回監修・製作にあたり甲冑師の故佐藤敏夫氏・豊田勝彦氏に多大なるご教授を賜り、そのご意見を参考にさせて頂きました。この場を借りて深く感謝いたします。また山岸素夫『日本甲冑の実証的研究』(つくばね舎 1994年)・青梅市郷土博物館『武蔵御嶽神社所蔵 国宝 赤糸威鎧』(青梅市教育委員会 1997年)を参考にさせて頂きました。あわせてお礼いたします。


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